あいだに立つ人が、見ているもの

進めたいのに、
そのまま進めてしまうことに、少し引っかかる。

そんな場面があります。

目的は見えている。
やることも、大きくは決まっている。

それでも、関わる人の言葉や表情に触れていると、
もう少しだけ、確かめておきたいものがある。

反対している人がいるわけではない。
大きく意見が割れているわけでもない。

けれど、
うなずき方が少し浅い。
言葉の選び方に、少し迷いがある。
同じ方向を向いているはずなのに、見えている景色が少し違う。

その小さな引っかかりを、見過ごせないことがあります。

進める前に、確かめているもの

立ち止まることは、物事を止めることとは少し違います。

むしろ、前に進めたいからこそ、
その前に確かめておきたいことがあります。

どこまでは同じなのか。
どこから少しずれているのか。

いま使っている言葉は、同じ意味で受け取られているのか。

たとえば「効率化」と言ったとき、
作業時間を減らすことを思い浮かべる人もいれば、
属人化を減らすことを考えている人もいます。

同じ言葉の中に、少し違う景色が入っている。

それを見ないまま進むと、
一度は前に進んだように見えても、
あとからまた、話が戻ってくることがあります。

進めるために、確かめているものがある。

まだ言葉になっていないもの

場の中には、まだ言葉になっていないものがあります。

不安。
迷い。
納得しきれていないところ。
大切にしたいけれど、うまく言い出せていないこと。

それらは、はっきりした反対意見として表に出てくるとは限りません。

むしろ、
「大丈夫です」
「進めましょう」
という言葉の奥に、静かに存在していることもあります。

あいだに立つ人は、
そうしたものを、すぐに消そうとしているのではありません。

きれいにまとめる前に、
まず、そこに何があるのかを見ようとしている。

まだ曖昧なものに、少しずつ輪郭を与えていく。
言葉にしにくいものを、言葉にしてみる。

それは、対立を大きくするためではありません。

進むために必要な確認を、見えるところに置くためです。

足場は、見えないところにある

変化を進める力は、
大きな声や明確な指示だけで生まれるものではありません。

同じ方向を向いているつもりでも、
少し違う景色を見ていることがある。

そろった言葉の中にも、
まだ確かめきれていないものが残っていることがある。

そこに気づき、
必要な言葉を置き、
もう一度、進む方向を確かめる。

その働きは、目立たないかもしれません。

けれど、物事が本当に前へ進むとき、
その手前には、こうした確認があるのではないでしょうか。