“つなぐ人”がいない組織で起きていること

2026.04.10

新入社員を迎える場面で感じる違和感は、
決して特別なものではありません。

多くの現場で、
似たようなことが、静かに起きています。

教える側は、「これくらいはわかるだろう」と思い、
新入社員は、「どこまで聞いていいのだろう」と迷う。

言葉にされないまま、
少しずつ、すれ違いが積み重なっていく。

それは、誰か一人の問題というよりも、
自然と生まれてしまうもののように見えることもあります。

すれ違いが生まれるとき

たとえば、
仕事の進め方ひとつをとっても、
現場では多くの前提が共有されています。

どの順番で考えるのか。
どこまで確認すればよいのか。
どのタイミングで相談するのか。

それらは必ずしも、
はじめから言葉になっているわけではありません。

一方で、新入社員は、
その前提を知らないまま仕事に向き合います。

すると、
教える側にとっては「なぜそうなるのか」が気になり、
新入社員にとっては「なぜそう言われるのか」が見えにくくなる。

同じ場にいながら、 見ているものが少しずつずれていく。

そんな状況が生まれます。

すれ違いは、人ではなく、 関係の中で生まれているのかもしれません。

“つなぐ人”がいないということ

こうしたすれ違いが起きるとき、
そのあいだにあるものを言葉にする存在が、
いないことがあります。

教える側の意図を、少しひらいて伝えること。
新入社員の戸惑いを、言葉にして受け取ること。
その両方をつなぐような関わりです。

それは、特別な役割として存在しているわけではなく、
ふとした対話の中で生まれることもあれば、
誰かが自然と担っていることもあります。

ただ、その“つなぐ”働きが見えないままになると、
関係の中にあるズレは、少しずつ大きくなっていきます。

これは、新入社員の育成に限ったことではありません。

たとえば、経営層が描いている方向性と、
現場で日々行われている判断のあいだにも、
同じようなズレが生まれることがあります。

言葉としては共有されていても、
その意味や前提が十分に伝わらないまま、
それぞれが解釈して進んでいく。

そこにもまた、
“つなぐ”という働きが必要とされているのかもしれません


 

では、それはどのように生まれるのでしょうか。
もう少しだけ、その先をひもといてみます。

“つなぐ”は、どこで生まれるのか