言葉になる前の時間
何かを感じたとき、
私たちはすぐに、それを言葉にしようとします。
なぜそう感じたのか。
何が気になっているのか。
つまり、どういうことなのか。
言葉にできると、少し安心します。
自分の中でも整理しやすくなり、誰かにも伝えやすくなります。
けれど、ときどき、
そんなに急いで言葉にしなくてもよいのではないかと思うのです。
言葉にすることで、その感覚には輪郭が生まれます。
たとえば、「違和感」と呼んだ瞬間に、
そこにあった寂しさや迷い、期待やためらいまで、
ひとつの言葉の中に収めてしまいます。
わかりやすくなった代わりに、何かがこぼれ落ちてしまう。
わかりやすいことは、大切です。
けれど、わかりやすくすることと、わかったことにすることは、
同じではありません。
まだよくわからない。
うまく説明できない。
でも、何かが心に残っている。
そんなときは、その感覚にすぐ名前をつけなくてもよいのかもしれません。
少しそのままにしておく。
ときどき思い出してみる。
別の出来事と重なったときに、もう一度眺めてみる。
そうしているうちに、
最初には見えていなかったものが、少しずつ浮かんできます。
言葉になる前の感覚には、
まだ自分でも気づいていない何かが残っているのかもしれません。
すぐに整理するのではなく、
少し味わって、ゆっくり熟成させてみる。
言葉になるまで、もう少しその感覚と一緒にいる。
そんな余白があってもよいのではないでしょうか。