「相談するほどではない」という言葉が出てくるとき
経営やDX、組織の話が本題に入る前、
ある言葉が、前置きのように添えられる場面があります。
「まだ相談するほどではない」という言葉が置かれる場面
「まだ、相談するほどではない」
これは、経営のことやDXのこと、組織のことについて話を伺う中で、
相談になる一歩手前の場面で、何度も耳にしてきた言葉です。
はっきりした問題があるわけではない。
数字も、今すぐ危機的というほどではない。
けれど、どこか引っかかる感じが残っていて、
うまく言葉にできない違和感がある。
そんなときに、
「もう少し様子を見てからでいいだろう」
「自分の中で整理してからにしよう」
という前置きとして、この言葉が添えられることがあります。
相談の手前で、同時に動いているもの
現場を見ていると、
「相談するほどではない」と感じているタイミングほど、
実は多くのことが同時に動いています。
DXを進めたいという思いがある。
あるいは、業務や組織のあり方を見直したいという気持ちがある。
一方で、社員の反応は一様ではなく、
戸惑いや温度差のようなものも感じられる。
数値や成果以前に、空気が少し重くなっている。
会話が減っている。
本音が見えにくくなっている。
こうした状態は、決して珍しいものではありません。
相談とは、答えをもらうことではない
相談というと、
「答えをもらうこと」
「解決策を提示してもらうこと」
そんなイメージを持たれることがあります。
けれど、相談の入口に立ち会ってきた立場から見ると、
必要とされているのは、
答えを出すことよりも前の時間であることが多いように感じます。
何が課題なのか、まだ定まっていない。
どこから手をつけるべきかも、はっきりしない。
社員の話をしようとすると、
愚痴のようになってしまいそうで、言葉を選んでしまう。
それは、相談できない状態ではない
こうした状態は、
「相談できない」のではなく、
整理の途中にいる状態と捉えることができます。
頭の中にあるのは、
考えかけのこと、
言葉になりきっていない感覚、
まだ順番のついていない違和感。
それらをいきなり結論にまとめようとすると、
かえって動けなくなってしまうこともあります。
相談の入口に立っているだけかもしれない
相談とは、判断を誰かに委ねることでも、
弱さをさらすことでもありません。
いま起きていることを、
一度、外に出してみること。
頭の中に散らばっている感覚や違和感を、
順番を気にせず並べてみること。
その過程で、
「自分はどこで立ち止まっていたのか」
「本当に気になっていたのは何だったのか」
が、少しずつ見えてくることがあります。
もし今、
誰かに状況を説明しようとすると、
うまく言葉にできないことがあるとしたら。
それは、本当に
「相談するほどではない」ことなのでしょうか。