動けない現場で、守ろうとしているもの

問題は見えている。
けれど、すぐには動けない。
そのような現場では、
一見すると、何も変わっていないように見えます。
なぜ動かないのか。
なぜわかっていることに、手をつけないのか。
そう問いかけたくなることもあります。
けれど、動かないように見える場所で、
本当に何も起きていないのでしょうか。
もしかすると、そこでは、
何かを守るための働きが起きているのかもしれません。
動かないように見えるとき
人は、いつも前向きな気持ちだけで動けるわけではありません。
過去に声を上げても変わらなかった。
真剣に向き合った人だけに、負担が集まってしまった。
よかれと思って動いたことが、かえって摩擦を生んだ。
そのような経験が重なると、
人は少しずつ、動き方を変えていきます。
余計な責任を背負いすぎない。
自分だけが疲れ切らない。
日々の業務を、まず回し続ける。
それは、単なる無関心とは少し違います。
変わらない状況の中で働き続けるために、
身につけてきた反応でもあります。
守ろうとしているものを見る
動かないように見える人が、
何を守ろうとしているのか。
そこに目を向けると、
見え方が少し変わります。
守っているのは、
自分の時間や体力かもしれません。
これ以上、負担を増やさないこと。
職場の関係性を壊さないこと。
日々の業務を何とか保つこと。
そうしたものを守るために、
人は動き方を小さくしているのかもしれません。
ただし、守ることが、
すべてを正当化するわけではありません。
誰かを守ることで、
別の誰かへしわ寄せがいくこともあります。
自分を守ることで、
必要な対話が避けられてしまうこともあります。
だからこそ、
守っているものを見るときには、
同時に、誰に負担が寄っているのかも見ておきたいのです。
守ることを責めず、
守ることで見えにくくなっているものにも目を向ける。
その両方が、
現場を見るうえで大切なのではないでしょうか。
守らなくてもよい状態へ
現場を変えようとするとき、
「もっと主体的に動いてほしい」と感じることがあります。
けれど、その前に、
考えてみたいことがあります。
何を守らなくてもよくなれば、
人は少し動き出せるのでしょうか。
声を上げても、ひとりに負担が集まらない。
小さな違和感を話しても、責められない。
一度で変わらなくても、話し続けられる。
そのような状態が少しずつできてくると、
守るために止まっていたものが、
ゆっくり動き始めることがあります。
守っているものを、無理に取り上げるのではなく、
守らなくてもよい状態をつくっていく。
そこに、変化の入口があります。
動けないように見える現場にも、
その場を保つための理由があります。
その理由を丁寧に見ていくことから、
次の一歩は始まります。
守ろうとしているものの奥には、
まだ言葉になっていない小さな違和感が残っていることがあります。
次の記事では、
その違和感を、話せる場にすることについて考えてみます。