すぐに返さなくてもよい瞬間がある

何気ない会話の中で、
ふと違和感を覚えることがあります。
言葉は、返ってきます。
間を置かずに、すぐに次の言葉が続きます。
やり取りとしては、
とてもスムーズです。
それでも、
どこかで“考える時間”が追いついていないように感じる。
返すことと、受け取ることが、
少しだけずれている。
そんな瞬間。
会話は進んでいるのに
その場の会話は、止まっていません。
むしろ、順調に進んでいるように見えます。
ただ、そのやり取りが、
どこか“処理”のように感じられることがあります。
言葉を受け取る前に、次の言葉を探している。
理解する前に、返す準備をしている。
そんな速さの中で、
何かが置き去りになっているように感じるのです。
もちろん、速く返すこと自体が悪いわけではありません。
仕事では、素早さが求められる場面もたくさんあります。
けれど、
いつでも、何に対しても、
すぐに返すことが良いとは限りません。
会話を前に進めることと、
言葉をきちんと受け取ることは、
似ているようで、少し違います。
間に起きていること
そう感じるとき、
言葉と言葉のあいだにある、わずかな時間に目が向きます。
ほんの一瞬の、短い時間。
気に留めなければ、
そのまま通り過ぎてしまうような時間です。
けれど、その中で、
相手は何かを考え、言葉を探し、整理している。
あるいは自分自身も、
まだ言葉にならない何かを抱えたまま、
次の一言に進もうとしている。
会話の中の「間」は、
何も起きていない空白ではないのだと思います。
むしろ、
言葉にならないものが動いている時間。
受け取ることが、静かに進んでいる時間。
だからこそ、
その時間があまりに急いで通り過ぎると、
やり取りは成立していても、
どこかで大切なものがこぼれていくのかもしれません。
急いで埋めなくてもよい
とはいえ、
「うまく間を取ろう」とすると、
かえって不自然になることがあります。
間は、技術として操作するものというより、
もともとそこにある時間に気づくことに近いのだと思います。
会話を止める必要はありません。
ゆっくり話す必要もありません。
ただ、
すぐに返さなくてもよい瞬間がある。
それに気づくだけで、
受け取ることと、返すことのあいだに、
少しだけ余白が生まれます。
その余白は、
相手のためだけではなく、
自分のためでもあります。
急がないと何も進まない。
そう感じる日もあります。
けれど、
急いで返すことだけが、
前に進むことではないはずです。
その一言を急いだことで、
受け取れなかったものは、なかったでしょうか。