引き継いだ立場で、ひとりになるとき

経営者とは、そういうものだ。
最終的に決めるのは自分。
責任を引き受けるのも自分。
疑う余地のない前提のように語られます。
けれど。
それを「当然」と受け入れてきただけなのかもしれません。
迷いを見せないこと。
揺らぎを抱えたまま進むこと。
ひとりで引き受けること。
それが本当に、経営の本質なのでしょうか。
このページの目次
最後に言葉を選ぶ人
「社長は、どうお考えですか。」
議論が尽くされたあと、方向を定める言葉が求められる。
引き継いだ立場にあるなら、自然な流れです。
ナンバー2がいても、いなくても。
相談できる幹部がいても。
最終的な一線は、自分に戻ってくる。
そういうものだ、と。
迷いがないわけではありません。
情報が十分とも限りません。
それでも、その揺らぎをそのまま外に出すことは少ない。
経営者が揺らげば、組織も揺れるかもしれないから。
整理しきれない思考のまま、方向を示す。
それを孤独と呼ぶかどうかは、わかりません。
ただ、「言わなくてよいこと」が少しずつ増えていく。
それもまた、当然のことだと。
変化が前提になった時代に
DXという言葉が特別ではなくなり、変化は前提のものになりました。
市場も、働き方も、揺らぎ続けています。
判断の回数は増え、正解はあとからしか見えない。
そのたびに、最後の一線を引くのは自分。
経営者とは、そういうものだ。
本当に、そうなのでしょうか。
それを「当然」と受け入れ続けることが、強さなのでしょうか。
まだ言葉になっていないものを、
いったん立ち止まって見つめる余地があってもよいはずです。
次回は、「立場が、言葉を奪う」という視点から、
経営者の立ち位置をもう少し整理してみます。